昭和57年10月1日 月次祭



 いう事は簡単ですけれども、それをいよいよ自分の身で受けて行くということは、大変難しい事であります。
 えー、そういう、難しい事の中に、もう以前に頂きました御理解の中に、えー、「行く先は地獄の果てかは、しらねども、喜びだけは持って行きたい」皆さんも、まぁお記録にあるだろうと思うけど、以前に頂いた御理解。
 行く先は分からない。地獄かも分からない。けれども、信心の喜びだけは持って行きたい。いと簡単に思うておったんですけれども、自分自身がこれが地獄じゃなかろうかと、思うような難儀な中に、なかなか喜びだけは持って行きたいけれども、なかなか喜びが頂けませんですね。
 今日私が、午後の奉仕をさせて頂く時に、ある地区の、まぁ幹部の方が参拝してまいりまして、もう親先生に顔が、あの合わせられませんと。というて、あの、まぁ(平伏しちゃ?)それこそ頭をあげらんような状態でした。
 だから、私はいやもうどげなところでも通らせて頂いてよかがのと。ね、どういう中にあっても、今私がこうして目が大変薄くなっていきよるが、薄くなっていくその過程においても、こううすうならなければ分らない世界がある。
 だからこれがいよいよ見えなくなったら、又こう見えなくならなければ頂けん世界がある。耳がこんなに大変遠くなっていきよるが、その耳が遠くなって行く過程にも、ね、又耳が、耳が聞こえんようになるかも分からない、その中に、私は、耳が聞こえんようになればなった、ならなければ頂けない、分からない世界が、必ずあると思うから、遠くなって行くことも、聞こえなくなっていくことも、見えなくなって行くことも、うすうなっていくことも、一つも気にしていない。
 まぁむしろ、はー、目が見えんごとなったらどんな世界があるだろうかと、こうなんかそういうようなものまで感ずるよ、といったような事をもしその方に言うて上げたら、その方が心が開けるだろうとこう思ったんです。
 ね、ところがね、自分が頂けずしておいて、人に、こういう中にもこういう喜びがあるというような事は、なかなか説かれません。私はそのお取り次ぎをさせて頂きながら思うた。
 はー、私が日頃何時も言っておる、ね、そういう中にでなからなければ頂けない事があるよ、というたらその方の心が生きて、生きてくるだろう。はー、自分のようなお粗末、ご無礼な者でも、こういうお粗末ご無礼な事をしでかしてしもうて、でなからなければ、味わえない心の開けるというか、あー、でなからなければ頂けない信心の喜びがあるんだよと、自分が頂かずしてはなかなか言えません。又、口だけであったら、助かりません。それを私は今日実感しました。
 今こうして、あの、大変体が、もうとにかく、まぁ御結界に座っとくが一番、まぁ有り難いという感じなんですよね。もうあちらに下がっておると、もう、もうとにかく第一食べ物が、食べられませんです。色々こう、ご心配して(?)色々私が日頃好きな物がいっぱい作ってあるけども、そのいっぱい出てくれば、出てくるほど食べられない。
 今日も私小さい豆腐を幾つかに切ったのを、一切れ頂いただけです。ですから、そういう中に、ここへ、座らせて頂いておるうちに、まぁいよいよね、ならこういう中にもやっぱり、信心の喜びがなからなければいけない。それこそ泣く泣くでも、辛抱して行くうちに、人にも伝えられるような、聞いてもらえるような心の状態が開けなければ、御結界に奉仕しとってから、値打ちがないと私は思うて、ね、その事を一生懸命思わせて頂いておるうちにです、ね、これも、やはり大坪総一郎を中心に神様が働いておられる働きの現れだという風に、段々分かってまいりましたら、直ぐ後に、萩の市川さんが、今日は娘さんの同道でお参りになりました。大変弱っておられます。
 胃癌でおかげを頂いて、かともう十何年前でしたでしょうかね。で、おかげを頂いて、最近、こう手足が腫れる。何か腎臓かなんかで。まぁ私とあんまり変わら、同じような病状なんです。そして体が大変きつくなると。私のと同じ。そりゃもう、私とあんたと、そりゃ同じたいというて、まぁ申しました。
 今日は、まぁ娘にともなわれて、もし、もう、それこそ切に切に、この事だけはお願いしておかんならんと思うて、今日お参りしましたというて、お参りがございましたが、親先生、この十六日の、十五年の記念祭だけにはどんなことがあっても、お礼参拝がさせて頂きたい。どうぞ、それまでには、ご参拝が出来るおかげを頂かせてくださいというお願いでございました。
 市川さん、あんたがそんな気持ちならおかげ頂くよて私が申しました。ね、これがなんでもなかったなら、はら、ご通知を頂いて十六日は記念祭げな、お参りしよう、というだけであろうけれども、体が弱くて、きつうして、まぁとてもお参りが出来そうにもないような状態。今日は娘に手を引かれてお参りをせねばならんほどにひどかったけれど、ひどかったからこそ、それこそ目に涙して、どうでも十六日の記念祭だけにはお参りさせて頂きたいという願う心が起こってきたじゃないのと。
 ね、問題はそれなんだ。健康であったら、こんな真剣なお取り次ぎがとても出来は、頂かれないです。はー、そうですねちいうて自分も、なんか安心されたようにして帰られましたがね。
 そうですよ皆さん。さぁ十六日、記念祭、さぁ誰も彼もこうしてお参りしようというだけじゃなくて、そのお参りさせて頂く、どうでもという願いを持たなければダメです。切実に願わなければ、ね、どういう突発的な問題がおこったり、出来たりして、お参りが出来ないような事にならんとも限らないもん。
 それを、なら市川さんの場合は体が丁度、まぁ弱くなられた。このまま、(もよう?)だったら、普通から医者、医者のいう、いうぶんからいうならば、もう動けんごつなるかも分からない。けれども、十六日の記念祭だけはどんなことがあってもおかげを頂きたいから、今日はその事のお取り次ぎを願うという。もうどうでもこうでも、という切実心を持って願われる。
 ね、私は思いますのにね、それこそ、おー、行く先は地獄かどっか分からんのだけれど、その地獄にでも信心の喜びだけはもって行きたいというその、その喜びこそが、神愛と分からせて頂いた世界であると思うですね。だから難しゅうなってきたですね。
 私が今、体が苦しい。食べ物を食べたいと思うても、食べられない。どんなに百味の飲食的な、こうやって、並べられれば並べられるほど、食べられない。これは、まぁまさに、地獄にいっとるよなもんだ。
 けども、その地獄の中に、喜びを頂かせてもらおうという事はやっぱ難しい事が、私は、今日はしみじみ分からせてもらった。
 ね、それでふんなら、そのままほっておいてよいという事はないのですから、日頃頂いておる教えを色々頂いてみて、なら今日私のいう、午後の丁度市川さん、お届け、お取り次ぎさせてもらう、その、その十分間の間に私の心の中に描かせてもらったように。ね。そういうところを通っておるという事が有り難いことなんだよと、そういうところを通らなければ頂けない信心があるよと、その、数十分前にはそれが言えなかった。
 あんたが今、本当に親先生に顔を合わせられんといったような事をしでかした。ならそういう事があって初めて分からせてもらう事があると。何時もの、私の論法で行くと、相手の方の、心を開かせてもらえる事分かってるけれども、自分に実感として、おかげを頂いていない時には言えない。
 ね、したら、数十分後に、あの市川さんがお取り次ぎ頂いた時に、初めて、その市川さんの一生懸命の切実心に、こちらがほだされるような思いで、ん、その思いならば、神様が聞いてくださるよと。という事にまぁなって来る。
 私はそれで段々、今朝からの御理解やらをこう思いまして頂きますのにです、とにかく私共が、その地獄、これが地獄だろうかと思うような、苦しい中にあっても、その地獄の川の底を踏みぬいた向こうに極楽がある。合楽世界がある。ね、その踏みぬく力がね、いるんです、一生懸命なんです。
 昨日の信話会の中で、末永紀久男先生が発表してました。もういよいよ一月後、まぁ先月の話ですから、もうとにかく一生懸命、自分の記念祭、記念祭としての修行を、まぁさせて頂いておる。お取り次ぎを頂いて、ね、いわゆる今月こそは、和楽路ばきの信心。一生懸命の信心。
 和楽路ばきの信心、一生懸命の信心。和楽路ばきというのは、まぁ和楽の路とある。お道の信心の、求めるぎりぎりのところは、どのような場合であっても和楽の状態が心にあるという事である。和らいでおるのである。楽しいのである。ね、その和楽の路という事を読みかえると和楽路ということになる。和楽路ばきという事は、やはり一生懸命という事である。
 その一生懸命の信心を、今月こそはと、お願いさせて頂いておりましたら、神様にお知らせを頂いた。うなぎのこう、背を開いておるところを頂いた。ね、蒲焼きをする前である。
 もう昔でしたけども、久留米の佐田さんが私の事をお知らせを頂かれた。当時の椛目です。椛目の大坪という先生は、まぁヒョウタンナマズのような人だと。つかみどころがない。握りどころがない。ヒョウタンナマズのような人。
 確かにそういうところがあるでしょう、私。確かにそう、その自分で思うです。ね、ところがね、例えばうなぎであろうが、これはまぁ私は、うなぎをつかんだ事はないから、子供の時にあの、ドジョウをこうつかむ。
 ドジョウもなかなかつかめませんけれどもね、頭のところをぎゅっとこう押さえると、いわゆる、ドジョウが動ききらんごとになる。ように、うなぎもつかみ所がある。握り所がある。ここを握れば、絶対動かんというのである。
 ね、ここで皆さんが通うて見えるというてもです、ね、勿論金光大神の信心を頂く事ですけれども、金光大神が私の上に現れて、私がおかげを頂いておる、様子を見ながら聞きながら、皆さんもそういう信心を頂きたいというて、参ってくる方ばっかりだと私は思うんです。
 ね、まぁ昨日梶原先生がいってましたが、私共の信心の焦点は、親先生が頂いておる天衣無縫のおかげを頂きたい。ね、必要な時には必要なものが、それに応じるかのよにして頂けれる世界があるんだと。それを実証しておるのが、合楽の大坪先生なんだと。うちの親先生なんだと。
 その親先生のそういう信心を頂きたい。そんなら、何処を頂くかとこういう。私の信心のその頂き所と、ね、ここをいわゆる握って離さないという生き方。
 ね、合楽の信心は、人間が人間らしゅう。ね、生き方の中に合楽の信心があるとこう言われますから、いかにも、安気安穏でいいということではない。そういう基礎的な信心というものが、ね、いうならば天地との関わりあいというものを分かれば分かるほど、ね、それこそ楽はせんぞといったような信心がいるんだと。
 神様は楽はさせんと仰るのじゃないけれども、自分から求めて楽はせんぞ、といったよな芯。ね、そこに楽はさせて頂くものだという事が分かる。ね、そういう世界を広げて行く事が、天衣無縫のおかげを頂く事だというような事が、段々分かって来た。だからそれを、忠実に守らせて頂くと、応えが出てくる。日々がそれこそ、紀久男先生じゃないけれども、日々が神様が側におられるような実感の中に先月一月を過ごさせて頂いたた、という発表を昨日いたしております。ね、和楽路ばきの信心。
 ね、ですからね、そういうんなら、有り難い神様を、身近に感じさせて頂く、稽古をまぁ日頃させて頂くわけですけれども、今朝の御理解じゃないけれども、ね、修行が楽しゅうなってくる。修行が有り難くなってくる。ね、それが、例えばもう修行を感じんようになたらお終いだと。もうそれはマンネリになってしまっとる。修行しとっても、苦しい事が何も感じんごとなったら。
 やっぱ修行は修行だけれども、それこそ学者が眼鏡をかけてでも本を読むように、学徳が身に付いて行く楽しみが、やはり本は外されないように、信心させて頂く者も、信心修行のその一言、一言に手応えがある。ね、これが徳になっているんだ、光になっておるんだという事が自分の心に感じられる。ね、それだから、修行が出来るという修行でなからにゃいけんというのが、今朝からの御理解でした。
 ところが実際なら、もういよいよ、あの極端な苦しみに、まぁ負い込まれるというか、そういう場に立った時、今私の体の状態のような時に立った時に、はー、これが地獄というのだろうかというような実感なんです。
 けれども私がなら、三十数年前の私の、あんな修行時代の事を思わせて頂く時にです、もう本当に、こげな例えば、まぁその時分の難儀といえば貧乏の苦しみでしたが。ね、本当にそういう難儀の中にあってです。大坪さん本当にそげん有り難かっですかと、人から言われるくらいに有り難かったです、私は。
 もう本当に何が辛いというても、貧ほど辛いものはない、そういう中にあっても、そのそこには絶えんような有り難いものがあったです。
 善導寺の久保山先生なんかは、それを何時も言っておられました。本当大坪、ほんなこっですか、そういう中にあって、本当に喜びが湧くのですか、と。嘘じゃなかった本当に有り難かった。人は大坪さんの後ろには、後光がさすとわれるような時代であった。
 だから、地獄の中にあっても、何時もそこにほと、地獄で仏に合うというが、仏に合っておった実感ですけれども、今日、いわば楽になってまいりまして、なら食べ物が食べられないといったような、まぁこれが、まぁ地獄というのだろうかというような中にあって、ね、又改めて、ね、人には簡単に、ね、例え地獄の果てであろうが。喜びだけはもっていかにゃなと、こう言うておるのに、それで地獄の中に喜びが湧かんという事は、おかしいなぁと自分で気付いて、ね、一生懸命おもわせ、いわゆる泣く泣く辛抱しながら御結界奉仕させて頂いておるうちにです、これは天地の親神様の働きが、私を中心にして、働いておられる、その姿の現れである。いわゆる神愛であるという事が段々こうはっきりしてきた。そこにお礼が言えれる。そこに地獄の中でも仏に合うような、いわばお繰り合わせが、又頂けるのである。
 この頃、こう手足に力が段々抜けてまいりますと、もう全然、こうお話なんかも出来ませんし、立つ事も出来んようになります。どうも夕方からそんな状態になるような感じでした。ところが急にその、ようかんを一切れ食べたなら、と思うたのです。
 昨日、ある方が、佐賀の方へいって、あちらの佐賀のようかんを一本お供え持って来てあったから、あれを下げて下さい。そして、あの(りょくろう?)を入れて、その(りょくろ?)でその、頂く。それでもここ、御結界座ってからですよ、さっきから。だからあの、こう、うすう切って頂いてから、二切れ三切れ頂きました。
 ところが今まで頂けなかったものが頂ける。おさまる。そしたら、臼杵のあの、高橋さんが、あそこ何時も沢山卵をお供えなさいます。今日もそのパンと、この中国饅頭ですか。あー、中華、中華風の饅頭がこう、豚満と、あんこの入ったのと、大きな箱で二箱。
 なんかあの、酒の、酒饅頭の香りがプーんとしてきたら、もうその場で食べてみたい感じがする。ほれであれを一つ下げてちょっとレンジにかけてください、というて、ここを下がらせてもろうて、それに砂糖をいっぱいつけて、大きなのを一つ頂いた。おかげで元気が出てきた。
 何にも食べられなかった。そしたら、熊本の松村さんが、こりゃ先生がこりゃお好きなあの、なすびのからし( ? )もう鼻んわれるごたるとじゃん。それを今日持ってきちゃったけん。ならお供えしてからちいよったばってん。もう神様お下がりを頂いてから、それからその饅頭と、そのからい( ? )を頂いてですね、それが、こうあの、もどすようなけはいもなくて、治まった。
 それで又今日のお祭りが出来。これなんか地獄の中にあるけれども、仏に合った様子じゃないじゃろうと私は思うですね。だから地獄の中にあっても、私共が教えに基づいて、それ、忠実にそれを行じようという、その努力こそが、無碍にしてはならないことだと。もうきついけん、ね、その、というて、その(押せやら、もうどこいやら?)というのではなくて、そういうきつい苦しい時でも、本気で教えを行じようと、行じていきよると、そこからふっと、いうならば、仏にあう事が出来るのです。
 もう何十年も前です、今椛目に行っております娘達がまだ小学校一年生の時です。泰子と愛子と二人、同じ学校へ行くんです。ほれでその、二人が喧嘩をしてるんです。私は御結界座っておった。楽室までえらい、なんか言うて喧嘩しよりますもん。それがもう(もったらー?)とした喧嘩ですもん。
 それがその、その時分に学校からね、良い言葉を使いましょうという運動があっとった(笑い)。だからその、悪い言葉を使うたら、カードを一枚ずつ渡されることになっておった。だからふたりでその、美しい言葉で喧嘩してるわけです。
 あなたがくらせなさったけん(信者さん爆笑)、私も、私もくらせますち。片一方んとが又言いよるじゃん、そげんくらせなさらんがよかと思いますち(笑い&信者さん爆笑)。
 こりゃやっぱよか言葉使うと喧嘩にならんですわ(信者さん爆笑)。いっちょやってみなさい、ほんなこつですから。( ? )いいよるかちうと、もうつかみあいになてしまう。ね、あなたがくらせなさったけん、私もくらせます、ちこういよる。そげんくらせなさらんがよかち思いますち(笑い)。
 だからね、そのそういう中にあってもです、なら教えを、それ、もう教えを行じたわけですよ。学校で悪い言葉使っちゃならんといわれたから、悪い言葉使わんで喧嘩しとる。ね、苦しいです、けれどもそういう時に、なら泣く泣くでも辛抱という、そういう時じゃないだろうか。教えを本気で行じて行くうちにですね、いや本当の喧嘩にならんですむ、お繰り合わせが頂かれる。
 ね、いよいよ記念祭、記念祭といよりましたらもう本当に、もう目の当たりに五年祭の雰囲気が見え、聞こえて来るようになりました。ね、いよいよ、ご大祭を前にです、私共信心の、やはり確立をね、願わせて頂いてね、そこにいくらかましな信心でご大祭を頂きたい。
 今日の市川さんじゃないけれども、皆さんは、それはお参りもしようと思っとるでしょう。近所隣もさそうてお参りしようと思ってるでしょう。だから、それを今日の市川さんじゃないけれども、どうでも、これだけでもお許しを頂きたいという、切実心を持って、願わせてもろう、もろうての、一つ記念祭を頂きたいという風に思います。
 今日は、私は、いやーそう、んー、それこそ喜びだけは、地獄の果てにいっても持って行きたいて。もう簡単です、本当そうだなぁと皆さんは思うでしょうけれども、実際自分が地獄の苦しみを受ける時にです、なかなかもって喜びは湧きません。
 ね、だからそれを、んならば、空事に、例えば難儀な問題を持って来ておる人に、こうだというても通じないから、私が今日はその、その方に対するお取り次ぎが出来なかったが、ね、こんなことではいけない。はー、そんな時でも神愛と思うて喜びなさいて。口にだけで言うたのじゃ通じない。自分自身が神愛として、有り難く頂く修行でもしとならなければ出来るこっちゃない。ね。
 神様の願い、私共の願い。その神様の願いと、私共の願いが一致する時点と申しましょうか。それは、私共が、やはり極楽世界を(にかわる?)ものはありませんけれども、その極楽世界。のもう一つ向こうに合楽世界があることを、私共が知らなければなりません。それはその、地獄と思うわれる、いうならば地獄の果てにまでも持って行く信心の喜びというものを頂いとかなければならん。
 なかなかそれは難しいことに、今日は気付かせて頂いておるんですけれども、そればほっておったんでは、いよいよ地獄である。そこに、いうならば、神意ご神愛を悟らせてもろうて、ね、かすかながらでもお礼が言えれるような心の状態になったら、それこそ地獄で仏にあうようなお繰り合わせにも合うことができる。
 ね、その向こうに、私はある、輝かしい世界がある。そこが合楽世界だという風に思うんです。
 いと簡単に言うておった事ん中に、実際の地獄だろうかと思われるようなところを通る時には、なかなか有り難いものはでませんけれども、出らんからというて、それをほっておくひと、訳にはまいりません。そこを泣く泣くでも、ね、良い言葉を使わねばならん、といわれとるから、本当に良い言葉を使うてみるのである。本当に教えに取り組んで見るのである。
 ね、そこからね、いわゆる地獄で仏にあうような、いうならお繰り合わせも頂けます。ね、そのま一つ向こうにある合楽世界に、いよいよ、住まわせて頂くおかげを頂く為にです。一つどうでも、修行が楽しいというおかげを頂いてもらいたい。
 これが地獄の苦しみだろうか、と思うような苦しみの中にです。ね、もう本当に神様がね、力を下さらずにおかん働きがここに、おこっておるんだと気付くところから、その中に、ね、苦しいです、けれども有り難いという、信心修行が出来ます。
 いよいよ、記念祭を目指してね、私も今日、その人に簡単に言っておる事が、実際は自分がそこの場に立ってみると、何十年前にはあぁ言う難儀な苦しい中にあっても、本当にそういう喜びが湧くのですかといわれるくらいな喜びを頂いておった私が、ね、今日いうならば、地獄の思いをさせて頂く時に、その喜びのかけておった、少なっておったのに改めて気が付いて、簡単にいうとに、それこそ行く先は地獄の果てかはわからねども、喜びだけは持って行きたい。いや持って行けるもんだと思うておったけれども、そうではない事に分からせてもろうて、いわば苦しい苦しい中からです、ね、泣く泣くでも教えに取り組ませて頂いておったら、ね、地獄で仏に合うようなお繰り合わせを頂くと、こういう働き、お繰り合わせの中にある私であるという事が分かってくる。
 ね、そういう心をいよいよ切実心を持って、今度の記念祭にお互い向かいたいと思います。どうぞ。

梶原 佳行